日本三大・大器晩成の男たち 北条早雲

Men of Japan’s three major late bloomer Hojosoun

北条早雲北条早雲の出自

前半生がミステリアスに包まれており、一介の素浪人から戦国大名になった初めての武将といわれている。伊勢の名門の流れとか、岡山の出身等諸説ありますが確証はありません。

概歴  56歳のころ歴史の表舞台へ突如登場してきます。 

伊勢新九郎盛時として駿河の今川家 正室北川殿の縁者として名前が出てきます。

エピソード  

駿河下向の際、新九郎は、6人の仲間たちと、 「もしも、俺たち7人のうちの誰かが大名になったら、他の6人は、そいつの家来になろう」  という契りを結んだとされる。後にこの約束は、新九郎の出世によって果たされることになります。

今川家の家督騒動を収め、その功で初めて興国寺城の城主になります。

その後、堀越公方を追放。伊豆の国を手中にし、韮山城を築き生涯本拠とします。剃髪し早雲となり、こよなく富士山の眺めが気に入っていたといわれます。

更に小田原城を制圧(大森氏から) 。 この時に火牛の伝説があります。最後に三浦氏を滅ぼし相模の国制圧。88才でなくなりました。後北条氏を名乗ったのは二代目氏綱の代になってからです。

 司馬遼太郎の「箱根の坂」

昔、上中下3巻を一気に読み下した事があります。歴史小説としては面白かった思いがあり、、原作を元に北大路欣也さんで、ドラマ化され見ていた記憶もあります。司馬遼太郎さんの作品としては晩年の作品で過小評価される方もいますが、資料の乏しい中での大作である事は間違いないと思います。

凄いところ

大器晩成のところが、まずすごいですね。現代とは違い人生50年といわれていた頃、56才デビューし88才まで長生きをし、且つ初の戦国大名とし歴史に名を残した事です。

早雲について下克上の悪者のイメージが一部にありますが、善政を引いた事でも有名です。検地開墾を行い当時の税率は「五公五民」や「六公四民」が当たり前だったというのに、それを、「四公六民」にまで下げました。これが評判になり近隣の国々でも評判となり、多くの民が、新九郎のもとへと流入してきた。彼らは、新田の開発を頑張り収入はアップしたそうです。

早雲が残した家訓・早雲寺殿廿一箇条の中に、 「上下万民に対し、一言半句であっても嘘を言ってはならない」  という記載もあります。

その内容は,仏神の信仰,早起,早寝,周囲の用心,神仏を拝む心持,奢侈の戒め,身だしなみ,出仕のときの心得,上意を受けるときの心得,雑談虚笑の戒め,諸事を人に任す,読書習字,宿老に祗候のときの礼儀,虚言の戒め,歌道の勉学,乗馬の習得,朋友の選択,四壁垣根等の修理,夕方六つ時の閉門,火の用心,文武弓馬の兼備等について述べており,日常生活態度,武士の奉公上の心得が中心となっています。優秀な武将であったと同時に名君でもあったわけです。

何故  NHKの大河ドラマで放送されないのか

歴史上の人物としてこれほど魅力的な人物はいません。ネット上でも話題になっています。昨今の大河ドラマ登場人物の小粒化とストリー性の薄さ、そして地元活性化の影響度からしても未だ放送されないのが不思議です。歴史考証に難があるのでしょうか。

この間、久しぶりに小田原に行ってきました。後北条家五代の城下町として、今観光協会が大河ドラマ化への一大キャンペーンを張っています。城も街も綺麗になりドラマ化されれば外国観光客を含め人がドット押し寄せる事は明白です。箱根、伊豆の入り口である抜群のロケーション。話題性もあり視聴率も稼げる題材です。クールに考えても放送すべきです。観光庁、厚労省(高齢者支援ポスター) も後押しして早期(2020年迄に)大河ドラマ化を実現して欲しいものです。

北条早雲 その時歴史は動いた

https://www.youtube.com/watch?v=defKpr5sPVU

早雲像

※他に葛飾北斎 伊能忠敬を加え日本三大大器晩成の男たちと称しています。