日本三大「大器晩成の男たち」伊能忠敬~Men Ino Tadataka of Japan’s three major late bloomer~

人生50歳から!地球1周分歩いた男

Man walked one round of Earth from 50-year-old life

伊能忠敬 写真1

伊能忠敬(ただたか)は江戸後期の測量学者。本名、神保三治郎。千葉県九十九里町に生まれ、18歳の時に酒造家伊能家の婿養子となります。彼が伊能家に来た時、家業は衰え危機的な状態でした。忠敬は倹約を徹底すると共に、本業以外にも、薪問屋を江戸に設けたり、米穀取り引きの仲買をして、約10年間で完全に経営を立て直しました。1783年(38歳)の天明の大飢饉では、私財をなげうって地域の窮民を救済しました。こうした功績が幕府の知る事となり、彼は苗字・帯刀を許されました。(前半生)

49歳で隠居後、50歳のとき江戸に出て、幕府天文方高橋至時に師事し、暦学・天文を修めます。この勉強中に緯度1度の距離が暦学上の問題となっているのを知り、蝦夷地への測量をはじめとして、1800年から1816年まで計10回、日本初の実測による全国測量を実施しました。そして忠敬の没後、1821年に幕府天文方の手で「大日本沿海輿地全図」として完成されました。このように、忠敬は近代的な日本地図作成の先駆者といえます。

1800年(55歳)、忠敬は江戸を出発。測量の方法は、歩幅が一定になるように訓練し、数人で歩いて歩数の平均値を出し、距離を計算するというものだった。昼は測量、夜は宿で天体観測し、両者を比較しながら誤差を修正、各数値の集計作業に追われた。(蝦夷行きは自費)

忠敬は3年間をかけて東日本の測量を終え江戸に戻ると、さっそく本来の目的であった地球の大きさの計算に取り組んだ。その結果を、後に至時が入手したオランダの最新天文学書と照らし合わせると、共に約4万キロで数値が一致し、師弟は手に手を取り合って歓喜したという。この時忠敬が弾き出した数値は、現在分かっている地球の外周と千分の一の誤差しかない正確なものだった。しかし、その喜びの中、至時は天文学書の翻訳等に無理を重ねたため病に倒れ、翌年39歳の若さで永眠する。忠敬は深く打ちのめされた。

半年後、11代将軍家斉に東日本の地図を披露し、そのあまりの精密さに、立ち会わせた幕閣は息を呑んだ。そして忠敬には“続けて九州、四国を含めた西日本の地図を作成せよ”と幕命が下る。彼の測量はもはや個人的な仕事ではなく、多くの人の期待を担う正式な国家事業に変わった!

そして、1815年2月19日!最終測量地点の東京・八丁堀で、忠敬はすべての測量を終えた。時に忠敬70歳。彼が15年以上かけて歩いた距離は、実に4万キロ、つまり地球を一周したことになる。

あとは各地の地図を一枚に繋ぎ合わせるだけだ。地球は球面なので、地図という平面に移す場合の数値の誤差を修正する計算に入った。だが、既に高齢になっていた忠敬は肺を病んでしまう。そのまま忠敬は回復することなく、1818年、73歳で病没する。高橋景保(至時の息子)や弟子たちは“この地図は伊能忠敬が作ったもの”、そう世間に知らしめる為に、彼の死を伏せて地図の完成を目指した。

伊能忠敬地図

忠敬が作成した日本地図は、総称して「伊能図」と言われ、大きく分類すると「大図」(1/36,000:214枚)、「中図」(1/216,000:8枚)、「小図」(1/432,000:3枚)とその他の図となります。このうち、大図は実測図で、これを縮小して中図、小図が作られました。大図作成のための測量は、方位と距離を野帳に記録しながら沿岸や街道を進行する方法で行われました。また、最終の大図1枚の大きさはほぼ畳1枚ほどあり、日本列島を214枚でカバーする膨大なものでした。

若い頃から体は弱い方で、病気で寝込むこともしばしばありました。加えて四国測量のころからは「痰咳の病」にかかるようになっていました。これは現代でいう慢性気管支炎のことであり、冬になるたびに痰に悩まされていました。死因も、慢性気管支炎が悪化して起こる急性肺炎(老人性肺炎)とみられています。「ういろう」を常用していたら楽だったのではないでしょうか。

人生50年と言われていたこの時代、隠居後は盆栽を育てたり孫と遊んだり、のんびり余生を送るものだけど、50歳から“勉強の為に”江戸に向かう知識欲、知的好奇心の大きさにオドロキ!「一身にして二生を得る」という生き方でした。井上は、平均寿命が延びた時代において、退職後の人生を送るにあたって忠敬の生き方は手本になると述べています。

「四千万歩の男」  井上ひさし著 講談社 より

伊能忠敬は50歳を過ぎてから、日本全国を測量して歩き、わが国最初の「大日本沿海興地全図」をつくりあげた人物です。人生50歳から73歳の壮大な人生をぜひNHK大河ドラマで!こんな呼びかけで署名活動も行っています。

伊能忠敬大河ドラマ化推進協議会

http://taiga-ino.biz/index.html

伊能忠敬